そのひくらし

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やはり魔と間は通ずるものなのだと思う。

間、つまり空間
…つまり アイダ!

そこに 魔物が潜む事があるや。
それは 我々の知る科学では 捉えようの無い、しかし 人智を超えた存在なのやと思うねん。
神という存在…
善と悪という二元論なのかどうかは知りまへんけどなぁ…
明らかに 実態と実態のアイダに 空間とか隙間が存在するねん。

そう、そういう隙間から 戦争などが勃発する。
わいらの感性は その空間の闇と感応するんやねん。

戦いは 必ず起こる。
捕食者と被捕食者の間…生存とは 己の領土を確保するのに 似ているかもしれへん。いんやぁ、同義やね、むしろ。
生とは 死と表裏をなし、これも同義なんやねん。

生態系も 必ずバランスを欠く時があり、やがて 平衡状態に戻る。

つまり、エネルギーとは 波動という事なんや。そう、生と死の波動かもしれへん。
善と悪の間をサイン曲線を描いて 通り抜けて行くのやねん。

ワルキューレは その波動曲線の外から眺めているだけなのかもしれへん。
我々の存在は 実に不安定に揺れ動いているのやねん。
しかし、その波動がゼロと成った時、死すらも通り過ぎた【無】となるのかもしれへん。

なんやら わからん話しになってしもうたけど…
うん、魔と間は通ずるものなのだと思う。実に 隙間は 奥深く恐ろしげに 罠を張っているのやねん。
それとても 【無】にくらぶれば 可愛いもんや。
存在…うん、存在している事すらなくなる恐怖やねん。
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  1. 2009/09/16(水) 05:01:42|
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