そのひくらし

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解釈の問題

事実は一つしか無い。
でもその事実の意味、そうその行動の意味…

良い意味に解釈する。
悪い意味に解釈する。
どちらでもないと解釈する。
当り前だが大別すると3種類に分けられる。


悪意を感じてる人の行為は 悪意に取られる。
善意を感じている人の行為は 善意に取られる。
どちらにとるべきか。
どちらが実りが多いか。
実に難しいと思う。


相当に酷い悪意を善意に解釈する事は かなり危険だ。
でも、人間の行う事、常に感情の嵐が吹いている。
問題を深めるのは疑義。
疑えば切りがなく、下手をすれば奈落の底に落ちて行く。

ま、結論を焦らない事だ。
月並みだが どちらもあり得るというクッションを持ちたいものだ。








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  1. 2011/05/31(火) 06:54:43|
  2. ひとりごと|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
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コメント

私は事象の判断基準にに善悪はいらないと思っているんですよね。
善意も悪意も少なからず結果論に結びついていて、一方の立場でするものですから・・。
そこにあるのは実は”思惑”だけで、いいも悪いもないんじゃないかと・・。
誰かを(何かを)どうしたいのか、そういった思惑が行動の動機で、その行動の結果起こったことを良しとするか否とするかは影響を受ける全ての人にとってそれぞれ違う。
原因があって結果があるので、何かが起こった時(あるいは起ころうとした時)それが自分にとってどんな影響を及ぼすのかを読み違えないことが最大の防御なんじゃないでしょうかね?
人が何を考えて行動しようが関係ないって言うか・・。
悪意による行動もそれをあえて利用できるなら善意になりうるって言うか・・。

あ、でも、私は敵は潰します(爆)
  1. 2011/06/04(土) 09:39:51 |
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  3. tukushi #VsoBfN2E
  4. [ 編集]

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