そのひくらし

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でも、魔法は 必要やねん

そうなんや!
私が 王子様に 化ける。
あんはんも お姫様になれる。

魔法とは そういうものなんや。



魔法がなければ この世の中は 実に味気ないっす。
正邪…双方がなければ
お互いの意味を失うんすよね。
そう、醜いものは 見方で 逆転する。
うん、美へとね。
芸術の又の名は 錬金術(魔法)と言うのかもしれへん。


そうなんやねぇ。
単なるお金儲けでは つまらんねん。
エロティシズムが無いねん。
そうなんや、くず鉄を 金に変えるという…
そやねぇ、これは 美しい夢でなくて 邪悪さを秘めた夢なんやねぇ。
だから おもろい…



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  1. 2010/10/09(土) 23:30:55|
  2. 世にも不思議|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8
<<キャベツ鍋 | ホーム | オペラ座の怪人>>

コメント

デザイン

designはdeとsignに分解される言葉で signとは おそらく神の意志みたいな、
deとは 表現する、現す、形にするみたいな意味であるらしい。

何かを表現する事が デザインな訳やねん。
何かを形に 置き換える行為とか意志とかいうふうに言えるわけやねん。
何かを探し出す計画(プロセス)とも言える訳やねん。

だから、名詞としてものとして デザインてぇ言葉じゃぁなくて
動詞なんやないかなぁ?!
”かれのデザイン”
うん、彼のデザインしたモノを指すけど、そのものをデザインとは呼んでいない。
彼の行為をデザインと呼んでいるんやないやろかぁ?!
  1. 2010/10/15(金) 09:38:06 |
  2. URL |
  3. bamaman #b25GG1JM
  4. [ 編集]

>相手はんの おっしゃってる事は 素人に有り勝ちなんやけど、
矛盾だらけで まとまる訳も無いんすねぇ。


調律師さんのお話に寄ると、
鍵盤が重い重いっていうお客さんがいるんですって。
でもそのピアノの鍵盤はそれ程重い訳じゃない。
多分、鍵盤の物理的な重さじゃなくて、
この籠った感じの音がいやなんだろうな、と
音がクリアになるような調整をしたら
「軽くなりました!ありがとう」と言われたんだとか。

私がウチの調律師さんに聞いたお話だったか…
bamamanさんに聞いたお話だったか…

つまり一般人の表現は的を射ていないかもしれないけど
プロならばその気持ちを汲んでやるべきですよね。
その為にお客さんとのコミュニケーションが必要♪

私はそういうのに憧れます~。

以前行った美容院での事、
私はとりあえず、スタイルの好みはわからないので、
「10センチ短く、量は減らして」てオーダーするのですが
普通ならそこで美容師さんが
じゃあ、こうして、こうして、こんな感じはいかがですか?って言ってくれます。私の髪質を観て。

それがそこの美容師はただ、言われた通りに切り、
「10センチ短く、量は減らしました。これでいいですか?他に要望があるなら言って下さい
そのとおりやりますから!」と。



以前行ったカーテン屋さんでの事。

その頃「倍ひだ」に憧れてたので、そうしたい、と
店員さんに告げました。すると、
「このカーテンはそもそも、通販のよりたっぷり生地をとってあるので、倍ひだじゃなくても結構大丈夫ですよ。また、お部屋が賃貸の場合、カーテンレールのコロの数が足りなかったりもしますから」と。
結局倍ひだはヤメましたが、出来てきたものは
満足のいくものでした。

私は、あの美容師より、このカーテン屋さんのようになりたい♪
これがプロというものですよね。


デザインに「計画」みたいな意味がある…
分からなくはないような気がするのですが…
まだしっかり咀嚼出来ないです。
もう少々お待ちください(爆)
  1. 2010/10/14(木) 00:51:38 |
  2. URL |
  3. かめいち #mQop/nM.
  4. [ 編集]

おっしゃる通りに!

ええとぉ、職種がありやす。
デザイナーは おっしゃる通りには 創れへんねん。
そこからは 脆弱なものしか 出て来へんねんなぁ。
さらに、相手はんの おっしゃってる事は 素人に有り勝ちなんやけど、
矛盾だらけで まとまる訳も無いんすねぇ。
そこでは しゃんとした創り手と客とのコミュニケーションがなければ
ものは出来へんねん。

良い替えると そういう事やないやろかなぁ?!

でぇ、モード業界で言えば パタンナーは デザイナーのおっしゃる通りの
オーダーに従う訳やねん。
でも、ある程度は分かっていても 完璧な技術者やないねん、パタンナーと違ぉてデザイナーはねぇ。

デザインてぇ言葉は くどいけど 【計画!】みたいな意味があるねん。
そうなんや、目指すべき目標、そこから発生した意図、意図を具現化するスケッチ…
等々、この一連の作業がデザインなんやと思うねん。

そう、目指すべき目標は 自由のなかにしかないんやと思うねん。
個性のなかにしかないんやと思うねん。
自由の英訳では フリーダムとリバティーという言葉(全く逆のニュアンスの自由やけど)が知られてやすよね。
でも、もう一つあるねん。
神から与えられた資格という言葉。確かプロフェッションやったと思うねんな。
この第三の自由(神から与えられた資格)が デザインと関わっていると思うねん。
そうとう高度な精神作用が その中では必須で
高度な訓練を 量質ともに必要とし、
それによって 出来上がった能力を持つ者が 神が認定するちゅう寸法やねんなぁ。
  1. 2010/10/10(日) 12:15:41 |
  2. URL |
  3. bamaman #b25GG1JM
  4. [ 編集]

和服の柄見世

ええと、喩えるならば 和服の柄を奥様に幾つか御持ちして 選んで頂く。
これは 商業でやす。
その柄を創る時に 自分の中で 柄見世をやっていやすよね。
でも、これは 商業じゃぁないっすよね。

どれが 売れるか、とちゃうねんな。そん時の自分の中の柄見世は。
自分の気に入る好きなモノを創る訳やねん。
いろんな柄見世をやって アイディアを絞り込み。
次第にプロポーションやらラインやら質感やら色やらが絞られて行く。
予算に合わなければ 変更をする。
変更に耐えないものであれば 発想を変える。
その時、既に 売れ線は 折り込み済みである。

何も考えずに 客への柄見世の為の作業をしてるだけやと、
お話にもならん代物しか出来へんねん。

不特定多数を相手にする場合と
特定の人間を相手にする場合では ちょいと感じがちゃうやろけど、
そう、【和服の柄見世!】は
創る立場に人間がやったらあかんねんなぁ!
  1. 2010/10/10(日) 12:02:51 |
  2. URL |
  3. bamaman #b25GG1JM
  4. [ 編集]

学校で
「絵画は自分が好きに描く。
 描いたものが先にあって、それを気に入る人が居れば買ってもらえる」

「デザインは自分の好みより客の好みが先に立つ。
 客の要望に合ったものを描く。つまり商業である」

と教わりました。
この区分分けが私の頭の中で変な変換がなされました。

「つまり、デザインは芸術(アート)ではない。」

「デザインは自分の好みを出してはならない」

に、いつの間にかなってて、それに縛られていました。
客の好みを採用した時点で自分は捨てるんだ、と。
でもそうじゃないんですよね。
それに気付くまで時間がかかりました。

どうりで、若い頃は社長とよくケンカになったものです。
だって、好きな様に描いたら
「おまえの好みのモノを造るんじゃない」と。

だから社長の言った様に変えたのに
「オレが言ったのは例えば‥なんだから
その通りやらないで自分で考えて描け!」‥‥??

じゃあ、私は自分の好みじゃない物は何か、を考えて描く訳ね、と。(爆)今から考えたら笑い話みたいです。



会社の若い子に描かせると、やはりその辺がごっちゃに
なっております。
自分勝手に好きなもの(予算も含め)が描けないのなら、
「言われた通りのものを描きます。さて?どう致しましょう?ご指示お待ちします」の体勢に180度変わっちゃう。
その態度に悪気がないことも、言ってスグ理解出来る訳じゃない事も知ってる私としては
対応に困る事だらけです。

なんで自分の好き勝ってで描いちゃいけないんだ。
世の中の成功を成しているデザイナーはみんな好きな様に
自由に描いてるものが賞賛されてるのに!

自由に自分の好きなものを楽しんで描いて賞賛されている、
‥‥と端から見えている一流デザイナーは
それでいてちゃんと
客の好みを最大限実現させているんですよね!


て、私何の話してるんだ?
失礼致しました~~(^^;)
  1. 2010/10/10(日) 11:44:01 |
  2. URL |
  3. かめいち #mQop/nM.
  4. [ 編集]

目的が変わる

”金勘定抜きにできなくなり…
いつの間にか目的が変わってくる… ”

純粋な目的が 失われてしまうならば
それは くすんだ金でやしょうねぇ。
  1. 2010/10/10(日) 02:30:27 |
  2. URL |
  3. bamaman #b25GG1JM
  4. [ 編集]

まずもって

芸術云々の前の お話として
デザインとデコレートが ありやすよね。
最近の用語としては ごちゃ混ぜでやすねん。
デザインとは 意図みたいな、計画ちゅう事が 
言葉の本質にあるんやないでしょうか。
デコレートは まさに装飾でやすよね。

本質に迫らずに、
そういう意味での意図実現(計画)が 一切見えずに
骨以外の余白を ひたすら飾り立てて行く事が 装飾でやすねん。
そう、曲の骨と装飾音は まさに そうでやすしね♪
でね、意図実現(計画)を持つ人が 芸術家であり、
その実現が ある、含まれるものを芸術(アート)と呼ぶのやないか、
と小生は 宣うわけでやすねん。(笑)

お金の介在、仕事としての行為発生。
それは アートかどうかの識別には
関係ないと 小生は考えやすねん。
  1. 2010/10/10(日) 02:27:55 |
  2. URL |
  3. bamaman #b25GG1JM
  4. [ 編集]

そうですね♪
お金儲けを念頭に置いた時点で
金は曇りますね。
最近頓にそう感じます。

ただ、仕事にしてしまうとどうしても
金勘定抜きにできなくなり…
いつの間にか目的が変わってくる…
輝きが失せた金(もはや色鉛筆のセットに入ってるような
キタナイ色みたい)に気付きもしない…。

でも若い頃は、自分の好き勝ってなデザインが
自由であり芸術であり、輝きであると思ってました。
つまり、仕事にした時点で
制約が出てくる時点で既に芸術にあらず、みたいな。

でもどうもそうじゃなさそうです。
制約があるからこそ出てくる魔法もあります。
作曲家たちもそうだったらしいですね。
ビバルディでしたっけ?違ったっけ??(爆)
  1. 2010/10/10(日) 00:04:01 |
  2. URL |
  3. かめいち #mQop/nM.
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