そのひくらし

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皆はん、ほんのちいとばかり ご無沙汰しておりやした。

ええとぉ、富山県に 小旅行しとりやした。
昔 関わった建物やら 民家やらをちょいとばかり 見て来やした。

すっかり忘れており、見ている内に” こんな事やったんだなぁ、ああそう言えば こないな事で苦労したっけ!”
とわずかながら 記憶が蘇りやす。
なんだか 随分と遠い昔の事だったような気ぃしやす。

富山市内も随分と様変わりして 建築物も都市も 次第にローカリティーを失って 詰まらなくなった様な気ぃしやす。
経済の名の下に どんどん標準化、均質化が進み、 全てが中央基準、中央企画(或は規格)になってまったような…一抹の寂しさを覚えやす。

ある時期の自分の青春が詰まっていたのかもしれまへん。
街の様変わりと一緒に 過去に追いやられてしまった様でやす…

過去というものが こないに簡単に捨て去られてしまう社会というのは 実に文化性の欠落したプアーなものやと しみじみと感じやした。

皆はんに愛されている建物も残ってやした。
設計した当時は 結構安易に形を作っていた様な気もしやすねん。
でも、すこし汚れて 古びて そこの古い街の色に 染まって…そういう意味では それは ええ建物やったんやなぁと、ちょいとだけ 嬉しかったなぁ♪
そう、機能のあまり無い建物で シルエットだけで 設計いたしやした。
余り経済も関係なく … そういう彫像みたいなもの やったから 今も鑑賞眼にやや耐えられるのかもしれまへんなぁ♪
うん、北廻り回船の中継の港町。
そこの展望台…

うん、設計者は関係ない、(どうせ、わし 無名やしねぇ、あはは…)
アノニマスで ええねん。
なにげなく そこに立ち、気が付くと 住民の生活の中に 溶け込んで 居る様な…影の様な…辻の地蔵はんみたいな…
うん、さりげない…

でも、そういうモニュメントみたいなものを 設計する機会というのは なかなかありまへん。
そういう意味では その建物から何かを再発見させて頂きやした。
果たして 小生の死後も 残っていくのでありましょうかねぇ?

自分という匂いは かなり消していやす。
【自分がデザインした!】などというのは 実にくだらない事でやす。
建築は 余り好きではなかったし、自分がやりやした!というのは もっと嫌いで…でも、この建物は ちょいと好きになりやした。
自分の事も ちょいと好きに成りやした♪

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  1. 2010/05/17(月) 14:48:12|
  2. ほんの一服|
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