そのひくらし

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カンカンカン♪最終コーナーです。さて誰から仕掛けて行くか

市民運動テロリストという言い方が有るそうでやす、
彼を称して見事に本質を衝いているので感動すら覚えやす(笑)
何かを破壊する事で自分の利益を取って行きやす。
何故こういうテロリストを日本人が好んやろか。

日本の市民運動はややもすると無責任な風評被害を好むんや、
その原動力は批判でなくてやっかみやねん。

喩えはやや外れるが風刺漫画風に言うならば仕置き人シリーズ、
或は水戸黄門の如き憂さ晴らし体質劇。

そないな無責任体質…
せやから 状況は好転せぇへんねん。
仕方無いので神風を祈りましょう、アーメン。となる訳や!

中小企業の社長のセンスの方が日本再生にとり有効なんでやすよぉ。
選ばれた中小企業社長は神風に乗って特攻(爆)

そう、話題の中心人物。
日本が産んだ天才的市民運動テロリスト、缶奈音君…





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  1. 2011/07/17(日) 08:53:51|
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節電

省エネ家電への買い替えで協力したいという意見が多いそうで。
あの、宜しければ無駄な家電お止めに成るという選択肢はないのでしょうかねぇ。
或は 充電式で 深夜に充電しとくとかぁ。
電池きれたらTVが見れなく成るなんてぇストイックでおもろいやんけぇ♪

夜の街は暗かった…満月を知らない子供達よ!

僕達に 本当に必要なモノは
なんだったんだろうかぁ…





  1. 2011/06/04(土) 22:43:37|
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ウッドデッキ

うん、木材は 質感が 優しいので 舗装に木材を使うのは ええ感じやと思いますねん。
でぇ、問題は 腐り!
大体が もって10年でやす。
伊勢神宮なんかの木造橋も20年で架け替え。
橋の床板は10cm近くの厚みの檜材でやす。
年間1億人近くが渡るので 20年で摩耗が進み、半分位の断面になっちゃってるのもありやす。
状態の悪い部材では 腐りが起こりだしている様でやす。

それに対して 南洋材(チーク、ウリン、イペ、ボンゴシなど)はぁ 密度が有る事と 樹液に防腐性能がある事などで 50年以上保つと言われていやす。
なぁ訳で しきりに南洋材のウッドデッキが 使われだしてやす。

がぁ、本当にええのやろか??
赤道付近はぁ 日差しが強く、土壌がつくられまへんのやねん。
従って 森林を切ってしまうと 森林の再生にもの凄く時間がかかるねん。
円の力で 強引に切りまくって行ってる訳で そうそう安易に やってええとは思われへんねん。

国内産の木材を 使い易い仕組みを考える必要があるんやろなぁ。
それから 短いピッチでも その需要で 木材の加工組み立ての職人を育てたらええのやけど。
いろいろな 難問は山積しているんやけどね。
そういう事を伝統的にやってきたのが 日本やねん。
わしらの アイデンティティーてのが 実に大事な時代、必要な時代に入って来ているんやと思うねん。
お金、経済が 全てではないねん。
それは 20世紀的価値で もう先が詰まって来ているんやねん。
発想を変えねば 我々の国は 滅びて行くのやと思うなぁ。

うん、例えば 50年先に 南洋材が手に入る保証はまるでないねん。
そういう事も ひっくるめて どうなんやろかぁ????
  1. 2010/06/07(月) 10:51:54|
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新しい価値、価値観 1

おそらく 多くの国家が 急激な高齢化社会と人口減少という、20世紀の経済を成立させずらい構造を持つと思うのでやす。
20世紀は 大量生産を実現する為に 大量消費の仕組みを成功させた訳でやす。モードちゅうものをこさえて 需要(欲望)を刺激し続けた訳でやす。
もう一つ、この実現を支えた要素としては 人口爆発という奴でやしょうね。
これは 大量の消費者を産み、大量の労働者を産み、大量の預金(資本金みたいなもんやねん)を産み出した訳やねん。
これらに 支えられて20世紀の経済は 終局に突入した訳やねん。
そう、高齢化社会と人口減少。

縮小していく社会の経済ちゅうものを産み出さない限り、混迷混乱の下に 人類が崩壊していくんやろなぁ。
ああ、滅亡やないでぇ、我々が認識していた人類の社会、うん…なんちゅうかぁ、
法律があって 信号機があって 電車の券売機があって TVがあって 車に乗って 飛行機が飛んで 外国に遊びに行けたり、買い物したり、都会が好きだったり…そういうものが 崩壊していくんす。
当然、食えない多くの人が 路頭に迷い、争乱も多発し…ま、そないなイメージやろなぁ?!

要は お金というものを 人類は発明し、その可能性を追求し、発展して来た訳やねん。
お金の流通量が減るんやけど、必要なモノは 潤滑に市場を巡り、幸福感が 味わえる像が 描ければええねん。
お金は 否定出来へんねん。
これは 職業の専門化、分業化による生産性の向上にもの凄く寄与してるからやねん。一言に省略しちゃえばね!


  1. 2010/05/01(土) 08:25:42|
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自律(自律)

実に 素晴らしい事でやす。
うん、ひとに極力迷惑をかけない。
これが 自分の足で立(自立)つ事やし、自分の思う通りにやれる(自律)やろと思うねん。

と、同時に 自律(自立)を良いと考える事は 相手にも 柔らかに求める事になると思うのや。
そう、場合によっては 相手を同列に信じるちゅう事。
ものすご わかりにくくなってしまったんやけど、自分が自律(自立)を求める以上は 相手にも自律(自立)を認める必要があるねん。
言い過ぎかもしれへんけど 相手を自律(自立)している人として 信じる気持ち、自分が犯す事の出来ない他人であるという…そういう包容力も必要になるんやないやろかぁ?
  1. 2010/04/15(木) 20:32:57|
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精神修養

暴力だの…これは ある意味では ケダモノのろんりでありやしょうかぁ。
かつては これを 精神修養にて 補っていたのではないやろかぁ。

もっともっと 時間をかけて 人間の社会の構成員である人間を育てて行かなければ ならないのやないやろかぁ?
そう、巣立ち散らばる前に そういう人間に しておかないと 何十倍もの手間ひまと被害が 起こるのではないやろかぁ。

ふっと 自戒を込めて 暴力やとか精神修養やとかを 考えてみた訳やねんなぁ。(笑)
  1. 2010/04/15(木) 20:16:28|
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抑圧(抑止力)ー鞭は必要か?

抑圧は 暴力の抑止力足り得るのやろかぁ?
教える…
うん、確かに 飴と鞭がいるやろなぁ。
でも、ある段階を過ぎると 飴は 単なる過保護になり、教育放棄になるやろなぁ。
鞭も ある段階を超えると暴力になっちゃう。

確かに 圧倒的な力があれば 相手は その力によって 抑止されるやろけど…
でも、人間としての信頼感を 損なう迄のその行為は 反発を買うだけやろなぁ。

理想は ”やってみせて やらせてみせて その摂理を教える”事なんやろと思う。

相手に やってはならない事を教える。
その段階を超えて やらせない。これが 抑圧(抑止力)であり、抑止力の発揮は 取り敢えず その行為を止めなければ 崩壊、破壊されてしまう様な状態。まぁ、外交軍事は また別になりやすし、そこまで 整理しきれんから 除いときやすがね。
抑止力を行使した後は 修復作業が付いて廻りやすやりなぁ。これは 実に大変な作業やし、これを やらねば 人間的ではない片手落ちでやしょうねぇ。

でね、鞭は必要なんやろか?
”やってみせて やらせてみせて その摂理を教える”が 可能かどうかによりやすやろなぁ。
ある程度のトライ&エラーのなかで 学んで行く。
その過程で 鞭は出て来るかもしれへん。
しかし、圧するまでに到ってしまっては 修復作業をせなあかんから 合理的とは言えへんかもしれん。
実に 難しいこっちゃ。
相手の理解力。
無理なものは 無理。
無理なく 与えられる事をゆっくりと 伝えるしかないんやろなぁ、我が息子よ!

  1. 2010/04/15(木) 20:04:32|
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